あえて抽象的な議論に乗るならば、他者との向き合いというのは重要だと思う
善悪二元論は善悪を判断する主体の正義、そして理性がベースにある
2次大戦以降、多くの哲学者はこの理性に対して、多くの疑問を投げかけている
戦争は非合理的で野蛮な行いかというとそうとも限らなくて、理性による合理的判断が多分にして含まれる
理性こそ実は他者に対して最も暴力的になりえる
合理性の名の下でどれだけの人が犠牲になったか、その傾向は今でも変わっていないけどね
自分の理性で世界やら宇宙やらを考えていること自体がそもそも傲慢なんすよ
目の前のたった一人の友人の思考すら僕らは読むことができないのになぜ会ったこともないプーチンの思考が読めると思うのか
いやそもそも自分という存在すら自分自身ですべてコントロールできていない
そうやって突き詰めていけば必然的に理性の脆弱さにぶち当たる
プーチンを野蛮と罵る前に自分の野蛮さに気づかないといけない
本当に他人を理解しようと思ったら、まず自分の理性を疑うところから出発しないと一生分かり合えない
具体的に実行するのは非常に難しいし、常に自分に問い続けるという辛い作業を要求するんだけどね